金木犀が香らない
金木犀の香りが好きだ。甘くて、でもしつこくない、上品な香り。夜、家までの帰り道に出会えたなら、なお良い。風が吹いて、その香りが一瞬鼻をかすめたら、私はいつも立ち止まって深く息を吸い込む。
中学生の頃から愛読している山田詠美の短編集「放課後の音符」の中に、金木犀について書かれている部分がある。
金もくせいの匂いがする
甘くて歯が痛くなりそう
秋には恋に落ちないって決めていたけど、もう先に歯が痛い
金もくせいを食べたの
金もくせいも食べたの
だから 歯の痛みにはキス
君のことも、金木犀も食べたから、もう甘くて歯が痛い。この痛みにはキス。
そういうことだろうか。
こんなことをサラッといえる女性っているのかな。すごく恥ずかしい告白だけれど、中学生の頃から、こんなのぼせてしまうような科白を言える女性に憧れていた。こんな女性に出会ってみたいという憧れと、いつか私がこうなりたい、という憧れ。
台湾では、金木犀の香りが鼻をかすめない。私が、まだ金木犀と出会っていないだけなのかもしれないけれど。それとも、もう開花時期は終わってしまったのだろうか。11月中旬にもなるのに日中は半袖で過ごせるほど暖かいし、公園の木々は紅葉するどころか、夏に引き続き美しい緑色を誇らしげに披露してくれている。秋は、確かにきているのに、金木犀が足りない。
そういえば、台湾で金木犀のゼリーを食べた。かき氷を頼んだら、ゼリーも一緒に出てきたんだった。
金木犀は、甘かった。
けれど私の歯は、どうやら痛くならないらしい。