ゴンのヴィーガンライフ(旧ゴンの台湾留学記)

ゴンです。台湾に語学留学していました。ヴィーガン、エコ、ミニマムな暮らしを目指しています。

愛を、感じて生きる

会社を辞めたい、という話は4月頃からしていたけれど、台湾に留学したいと母に話したのは5月だった。

「そう、いいんじゃない。やってみなさい。」

母の返事は拍子抜けしてしまうほど軽かった。昔からいつも何かを母に宣言したり報告するとき、大体こんな感じの返事が返ってくることは知っていたけど、ある程度の重さを期待していたこちらとしてはなんとも予想外なのである。まるで、「私の鞄重いから持ってみて」と言われて持ったら軽すぎたときのなんとも言えないショックのようで。

いつも裏切られるほどソフトな言葉で、母は私の挑戦を肯定してくれる。

 

6月。実家に帰って自分の部屋に入ったら、ベッドの上に三冊の雑誌が置いてあった。どれも台湾特集の雑誌で、台湾カルチャーや食事やお茶などが紹介されていた。いわゆる定番の観光ガイドブックではなかった。そのうち一冊はPOPEYEで、目に飛び込んでくるセンスのいい写真と紙面に小さくびっしりと詰め込まれた文章に引き込まれた。

母は、この三冊の雑誌を買って帰ってきた後、おそらく、それらをポンッと私のベッドに放った。娘の私にはわかる。母は昔から何かを私と姉に買い与えたら、少し距離をもって軽く放つように置くのだ。

会社を辞めて台湾に留学したい娘に準備してくれた母の姿を想像して、放たれた愛を感じた。

 

父は、遠方に住んで仕事をしているので年に数回しか会えない。だから、頻繁に電話をかけてくる。

父は、仕事中でない限り、短い電話でも長い電話でも、通話を終える前に必ず、

「いつも味方だからね、愛してるよ」

と私に伝えてくれるのだ。もう、ずっと前から。娘の私は気恥ずかしくて、私も、ラブユーとかなんとか言ってささっと電話を切ってしまう。私が通信キャリアの会社を変えて格安SIMに変更してから、父に無料通話ができる10分間だけしか電話できないと伝えた。そんなこちらの都合による小さな約束もしっかり守ってくれる。けれども愛してるを伝えるルーティンはブレない。

父はLINEをしていないので、台湾に来てからは、母に会ったとき彼女のスマホを介して通話する。

私と話すときの父の声は、2、3個高いキーになる。喜びが分かりやすく伝わってくる。

 

両親からの愛が、心に伝わってくる。離れていても、言葉や行動によって伝わる。そして、私の心にスッと入り込む。

 

私の名前には「愛」がある。あい、とは読まないが、中国語で発音するときは、あい、と発音することになる。

両親に名付けられた私の名前。名前にある愛。実は名前に込められた意味はなくて、画数で決めたそうなのだけど、意味なんて、最初からなくてもいい。私が自分で意味をつければいい。

 

名前にあるように、愛を持つ人、愛を感じる人、そして、愛する人になる。

心に感じる温かみ、幸せ、笑顔、思いやり、そういった小さな愛を重ねる。そういった小さなことを大切に思える人に囲まれて、人生を過ごす。

愛を、心の中で、全身で感じながら生きていきます。